おはようございます。
寝苦しい夜が続いています。
夜中に目覚めてくだらない事考えたり・・
昨夜はこんな事考えてました。
最近、ブログの世界も大きく変わってきたような・・
少し前までは、「役に立つ情報」がブログの主役でした。
節約術、投資、健康法、おすすめ商品、旅行のモデルコース・・
検索で上位に表示されるよう工夫し、多くの人に読まれることが価値だった時代です。
しかし、ここへきてAIの登場で風向きが変わり始めたような・・
知りたいことがあれば、AIに聞けば数秒で答えが返ってきます。
しかも、分かりやすく整理され、比較までしてくれます。
情報を集めてまとめることでは、人間はAIに勝つのが難しくなってきました。
では、これからブログはどうなっていくのでしょう。
私は、日記系ブログの価値が見直される時代になるのではないかと。
日記は情報ではありません。
その日に見た景色。
食べたもの。
旅先で感じたこと。
体調を崩して気づいたこと。
庭に咲いた花や、朝から鳴いているセミの声。
そんな何気ない毎日は、その人にしか書けません。
AIは世界中の情報を知っています。
でも、私が今日何を考え、何を感じ、何に笑ったのかまでは分かりません。
先日、「塩サバがおいしかった」とブログに書きました。
それは栄養学の話ではありません。
体調を崩した後だったからこそ、おいしいと感じた一切れの魚でした。

旅行記も同じです。
同じ場所へ行っても、見る景色も、感じることも、人それぞれ違います。
だから旅行記は、観光案内ではなく、その人の人生の一ページなのです。
私は旅行が好きで、これまで世界のあちこちを歩いてきました。
有名な観光地よりも、その時感じた空気や、出会った人、思いがけない出来事の方が、今でもよく覚えています。
そういう話は、AIには書けません。
AIが書けるのは「情報」。
人間が書けるのは「体験」。
これからは、「何を書いたか」だけではなく、「誰が書いたか」が、ますます大切になるような気がします。
読者は情報だけを求めるのではなく、その人の考え方や生き方に触れたくてブログを訪れる。
そんな時代になっていくのではないでしょうか。
だから私は、これからも日記を書き続けたいと思っています。
役に立つことを書こうと無理をするより、自分が見た景色や、感じたことを、そのまま残していく。
十年後、二十年後に読み返した時、「ああ、あの頃はこんな毎日だったな」と思えるようなブログ。
それこそが、AIには決して書けないブログです。
AIの時代になったからこそ、人が自分の言葉で綴る日記には、これまで以上の価値が生まれる。
そんな気がしています。