どこかに行きたいなぁ

旅を夢見るブログです

政治を食い物にしているYouTuber




「神輿は軽い方がいい」

 

担ぐ側にとって、これほど都合のいい存在はない。

重たい信念も、強い思想もいらない。

言われた方向に、黙って運ばれてくれればいい。

 

いま、この言葉が妙に現実味を帯びている。

当てはまるのは、「今の」自由民主党の姿だ。

神輿は自然に軽くなったわけではない

神輿は、最初から軽かったわけではない。

 

派閥が扱いやすさを求め、

官僚が決断しない神輿を好み、

メディアが無難な言葉を評価してきた。

 

そして国民もまた、

失言は許さず、説明は短く、結果はすぐに・・

そんな無理難題を突きつけてきた。

 

こうして、

軽い神輿だけが生き残る環境が出来上がった。

いま神輿を担いでいるのはYouTubeだ

現在、その神輿を最も勢いよく担いでいるのは、

YouTubeである。

 

ここでは、

重たい説明は再生されない。

複雑な話は途中で切られる。

慎重な言葉は埋もれていく。

 

代わりに伸びるのは、

断定。

煽り。

単純な善悪。

 

軽い神輿ほど、

アルゴリズムに持ち上げられる。

政治を「食い物」にする人たち

ここで、はっきり言っておきたい。

政治を食い物にしているYouTuberがいる。

 

彼らの関心は、

政策の実現でも、国の将来でもない。

  • 再生数
  • 登録者数
  • 広告収入
  • 投げ銭

政治は、素材にすぎない。

怒りと不安は、よく売れる

分かりやすい敵を作る。

危機を誇張する。

「もう終わりだ」「騙されている」と叫ぶ。

 

怒りと不安は、拡散力が高い。

拡散されれば、金になる。

 

事実の正確さは二の次。

説明責任も必要ない。

外れても、謝らなくていい。

 

燃えれば勝ちの世界だ。

神輿は、消費される

政治家は神輿だが、

その神輿は、消費される。

 

持ち上げられ、

利用され、

飽きられれば、次の神輿へ。

 

重たい神輿は使いにくい。

考え始めると動画が長くなる。

説明が必要になる。

 

だから選ばれるのは、

軽くて、反応がよくて、扱いやすい神輿だ。

本当に担いでいるのは誰か

YouTuberが担いでいるように見えるが、

実際に担いでいるのは視聴者である。

 

再生する。

高評価を押す。

コメントで煽る。

切り抜きを回す。

 

その一つ一つが、

政治を消費する仕組みを支えている。

行き先を決めていない行進

神輿は軽い。

担ぎ手は熱狂している。

儲かる人は、確実に儲かっている。

 

だが、

国はどこへ向かっているのか。

 

そこだけが、

誰にも問われない。

神輿を軽くし続けた先にあるもの

政治がエンタメになり、

怒りが商品になり、

不安が収益化される。

 

そのツケを払うのは、

動画を作った人ではない。

広告主でもない。

 

静かに暮らしている、

私たちだ。

問われているのは、見る側の覚悟

YouTubeが悪いわけではない。

発信する自由も、当然ある。

 

だが、

政治を食い物にする言説と

国の行き先は、必ずしも一致しない。

 

軽い神輿を面白がって担ぎ続けるのか。

一度、神輿を下ろして考えるのか。

 

その選択は、

もう他人事ではなくなっている。

 

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