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どこかに行きたいなぁ

旅を夢見るブログです

何か寂しい人生を感じさせる人である

先日の、病院の談話室のことである。

 

談話室には三つのテーブルがあり、一番奥の席が空いたいたので、カミさんとお茶を飲んでいた。

あとの二つのテーブルでは認知症の患者の世話を看護婦さんとその助手の人がしていた。

最初はお手玉をしようということであったが、あまり興味を示さなかったので、人生ゲームをしようということになった。

しばらく楽しそうにしていたのだが、そこにいつもテレビの前にいる爺さんが車椅子でやってきた。

爺さんと言っても、60代で元気である。

 

いつも爺さんが座っているテレビの真ん前の席でゲームが行われていたので、遠目でゲームをしばらく見ていた。

すると、何を思ったか、テレビのスイッチを入れ、テーブルにいる人の頭越しに大音量でテレビを観始めた。

大きな音なので、ゲームの会話が成立しなくなり、ゲームは中断し、認知症の患者たちは部屋に帰って行った。

そのあと、満足げにいつも自分がいる場所に陣取りテレビを見る爺さんの姿があった。

 

そして、昨日の談話室でも同じようなことがあった。

談話室では面会の人たちと楽しく会話をする若者グループがいた。

すでに、三つあるテーブルが全てふさがっていたのだが、同じようにテレビのチャンネルを手に入れると、先日と同じようにテレビを見始めた。

 

別に談話室でテレビを見るのは悪いわけではない。

ただ彼の場合はあまりにもチャンネルを変えすぎる。

ちょっと面白くなると、すぐチャンネルを変える。

NHKならそれで固定していてくれるといいのだが、自分本位でチャンネルを変えるので他の人はテレビを見ることができない。

さらに、大音量である。

周りの人の会話が成立しない。

結局、彼だけが談話室でテレビを見ているという状態になる。

 

昨夜、談話室を覗くと、珍しくおばさんがテレビを見ていた。

後から、例のテレビの人がやってきたのだが、おばさんはチャンネルを握りしめて渡さない。

おかげで、チャンネルが固定されて、テレビを見る人が増えた。

音量も静かであった。

彼は不満そうであったが、握っているチャンネルまでは手を出さなかった。

彼が入院する前の、笑いのある談話室にもどつた。

 

病院は一種の集団生活である。

お互い、譲り譲られ、助け合いながら生活している部分もある。

彼にはそれが欠落しているようである。

今までどんな人生を送ってきたのだろう。

彼に面会に来る人はいない。

他の患者とも話さない。

毎日、談話室のテレビの前で過ごしている。

 退院は25日らしい。

弟が迎えに来ると、看護師さんと話していた。

まだ、先は長い。

 

わがままでも、主義主張が入ると個性になる。

ホーチミンで見かけた、わがままな人です。

ここまでくると素晴らしい(笑)

ジュースを頼んで、氷が半分だったから、値段も半分だと、ジュースを値切った話です。

 

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